サンプルプロフィール文章

・生年月日:1967年2月27日

・会社名・店舗名:株式会社はな豆/中目黒 野菜居酒屋 はな豆

・ジョイマンとの出会いと現在

 2011年に中目黒に野菜料理店をオープンして、場所がらすぐにTV等に取り上げて頂いたり、ご縁があって映画のフードコーディネーターをさせて頂いたりしていたので、宣伝費等かける余裕もないし、そのうち認知されれば大丈夫だろうと思っていましたが、TVは一時的には増えても継続する事はなく、夜お酒を飲むお客様が少なくて赤字が続きました。
このままではまずいといくつかセミナーを受けて、チラシを作り継続的に販促する事を覚え始めた頃、2015年に無料の販促資料欲しさにジョイマンさんのメルマガに登録したのがきっかけでゴールドに入会しました。それでもキャッシュフローが厳しくて、どうしていいか途方に暮れていたら、なぜかジョイマンさんのお顔が浮かんで、いきなり電話して相談してしまいました。そうしたらジョイマンさんが「コンサルの布施さんを投入します」と言って下さって、2016年10月から布施さんが当店のコンサルタントになりました。
そこから布施さんの具体的なご指導のもと看板やメニューを変更して、すぐにランチ営業の売上が1.5倍以上になり、夜の客単価も上がり売上が大きく伸びて安定しました。2年ほど布施さんに個別コンサルをお願いして、その後は集客大将塾のみになりましたが、売上は緩やかに上がっていました。
また私自身「NHKひるまえほっと」のかんたんごはんのコーナーで野菜料理を紹介したり、母校「レコールバンタン」で野菜ソムリエ講座の調理講師をしたりして、収入の柱を増やす事をもっとやっていこうとしていた矢先、今回のコロナでまた大きな危機に見舞われましたが、店舗営業が出来ない時期も置きチラシや看板、LINE等でお弁当の注文が多数入った事で、何とかスタッフを辞めさせる事なく、現在に至っています。

・生年月日:1974年12月15日

・会社名:株式会社ふくまる

・店舗名:居酒屋 朔屋:蕎麦と日本酒 誘酒庵:ふくまる寿司:ふくまるうどん:ふくまる蕎麦:in-comme:その他、ふくまる製麺所、ふくまるオフィス(レンタルオフィス)

・ジョイマンさんとの出会いと現在

2004年に島根県松江市という小さな町に地酒の専門店・居酒屋朔屋をオープンして周りのお店との差別化もうまくいき数年は順調にやっていました。しかし近くで同じようのお店がどんどん出来てきてからは、売り上げは伸びずスタッフに給料を払うのも大変になってきていました。

そんな時、ネットでたまたまジョイマンさんのサイトに辿り着き、サイトに書かれている内容に惹かれてゴールド会員に申し込み2年くらい何となく続けていましたが、自分のやりたいことだけやってお金や時間の係ることはほとんどしないままだった為、大きな効果を得れないままの経営が続いていました。

そんな中、3年前にジョイマンさんが島根県に来られると知り、ぜひお会いしたくて旅に同行させてもらいました。そして、直接いろいろな話や質問をさせてもらい、とにかく信じて全部実践してみようとまずは食べログの有料プランを契約しました。そしたらみるみるうちに売り上げが1.5倍に増え、スタッフみんなで感動したことを今でもハッキリ覚えています。

そして、アドバイスの1つにあった『お店をスタッフに任せて自分を磨く』というのを実践に移し、それまで毎日自分で店を回していたのを徐々にスタッフに任せて、東京のジョイマンさんのセミナーに参加したりして経営の勉強や販売促進の勉強をメインにするようになりました。

もう1ついただいたアドバイスに『自分に投資したものは何倍にもなって帰ってくるよ』という言葉は胸に、2年前に副業コンサルセミナーのプレミアムコースを受講して、今では多くの飲食店さんのコンサルでしっかり副収入を得ながら自身の6つの飲食店と2つの事業を運営しております。

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ハワードジョイマン

プロフィール

コピーライター/店舗利益最大化コンサルタント
中小企業診断士(経済産業省登録番号 402345)
絵本作家(構想・シナリオ担当)

・有限会社繁盛店研究所 取締役
・株式会社繁盛店研究出版 代表取締役
・株式会社日本中央投資会 代表取締役
・繁盛店グループ総代表

生い立ちと異色の経歴

1975年、静岡県清水市(現:静岡市清水区)生まれ。自営業の家に生まれ、親戚一同も会社経営をしている環境から、幼少期より受付に立ち、商売の基礎を肌で感じながら育つ。

大学入学と同時にお笑い芸人としての活動を開始。活動中には九州松早グループが運営するファミリーマートのCMにも出演する。その後、父の急逝を機に大学卒業後、清水市役所へ奉職。

市役所勤務から独立へ

市役所在職中に中小企業診断士の取得を決意。昼は公務員として働き、夜は受験勉強、週末は現場経験を積むため無給でイタリアンレストランでの修行を重ねるという生活を継続。6年間の猛勉強の末、難関の中小企業診断士資格を取得する。

資格取得を機に7年勤めた市役所を退職。退職後、有限会社繁盛店研究所(旧:有限会社マーケット・クリエーション)を設立し、独立を果たす。

「笑人の繁盛術」による圧倒的な実績

お笑い芸人時代の経験を活かし、小売店・飲食店・美容室・整体院などの集客や販促に、お笑い芸人の思考法や漫才の手法を導入。独自のメソッド「笑人の繁盛術」を用いたコンサルティングにより、クライアントの業績を次々と向上させる。

専門用語を使わない分かりやすい内容のメールマガジンは、読者数1万人を突破。多くの業績アップ報告が寄せられている。また、会員制サポート「増益繁盛クラブ」は、日本全国(北海道〜沖縄)のみならずアメリカからの参加者もおり、その活動はテレビ番組『ガイアの夜明け』でも取り上げられ大きな注目を浴びた。

多角的な活動と信念

現在は、プロのコンサルタントが購読する専門誌『企業診断』(同友館)での連載も手がけ、「コンサルタントのコンサルタント」としても高い評価を得ている。また、自身の経験から確立した株式投資メソッドを伝えるコミュニティ「株研」も運営。

多忙を極める現在も、毎月1回の先祖への墓参りを欠かさない。家族をこよなく愛するマーケッターである。