■ 「増益繁盛クラブ ゴールド会員」 導入事例 - BAMBAM番長(神奈川県横浜市)
― 「BAMBAM番長」について、教えてください
BAMBAM番長は、神奈川県横浜市にある横浜スタジアムの側に、2014年4月にオープンした居酒屋です。 それまでは、横浜の中央市場で市場専用の食堂を家族で経営していましたが、一度きりの人生だという思いから、20年近く働いた両親のもとを独立。大好きな横浜ベイスターズを応援するためにも、ベイスターズファンが集まり、和気あいあいできるお店をオープンしました。 儲けだけを考えれば、地元で知り合いも多い、横浜中央市場のある東神奈川近郊で独立すればよかったのでしょうが、好きな横浜ベイスターズを応援しながら、経営したいという思いから、この立地を選びました。 ― 20年近く働いていた家族経営からの独立には、不安はありませんでしたか? やっぱり、不安はありましたね。独立を言い出した当初は、嫁さんにも反対されました。 実際、市場の食堂のときから、ジョイマンさんの笑人塾に入会していて、売上も倍以上に増えていて、それなりの利益も出ていて、生活には困らない程度の収入はありましたから。 しかし、安定してそのまま継続していくよりは、自分の好きなことで勝負してみたいといい思いのほうが勝った感じです。最後は家族も折れてくれ、応援してくれることになり、踏ん切りがつきました。家族から反対されていたら、独立はしていなかったと思います。その意味では、家族には感謝しかないですね。 ― ジョイマンさんとの出会いはいつ頃のことですか? リーマンショックがあった頃、2009年◯月です。 お店の立地が中央市場ですから、市場に来る人を対象としていましたが、やはり市場の外からもお客さんを集めないといけないと思い始めたんです。そこで、新しいお客さんを集めるのはどうしたらいいかと、本屋で経営の本を漁って読むようになりました。すると、チラシがいいと書いてある本に出会い、自分なりにチラシに取り組んでみました。 ところが、ノウハウがありませんから試行錯誤の中でチラシをつくり、実際に撒いてみたのですが、結果が出ない。やり方が悪いのかと2~3回取り組んでみましたが、思うような結果は出ませんでした。 ― リーマンショックによる影響は、中央市場にどのような形で現れたのですか? まず、客数に現れました。市場で働く人は、時間が不規則で、朝も早く、収入も多い傾向にあるのですが、その収入が減って来ると、最初に削られるのが食事など、日々の支出です。中でも食事は、価格を落とすことは簡単ですから、最初に削られる。食堂で食べていたランチを、コンビニのおにぎりにするだけで支出は抑えられますから。手間なく手軽に食べられるものとなれば、座って食べる食堂よりも、運転しながらでも食べられるおにぎりのほうが、速くて安く食べられます。 当時は、路上で300円弁当が売られていた時代でした。道端にテーブルを出して売っているお弁当が300円とかで、ニュースとかでくり返し放送されていました。しかし、お弁当を一つ売っても、儲けは10円という。100個売っても、利益が1,000円と考えると、それぐらいしなくちゃ売れないのか、と不安になりました。 そこで、減った客数を補うため、市場の外にいる若い男性向けのメニューを開発しました。派手な演出をすれば、大きく売れる自信はありましたから、テレビや新聞、雑誌の取材が来る方法を探しました。 その頃、ジョイマンさんのホームページを見つけ、隅々まで読んでいると、プレスリリースの見本がありました。それを参考に、プレスリリースを書いてみたんです。
― それまで、プレスリリースに取り組んだことはあったのですか?
いいえ。そもそも、プレスリリースそのものを知りませんでした。 なにより、当時はパソコンで字も打てませんでしたから、それどころではありません。ですから、写真を貼って、手書きで手紙を書いて、投函しました。 ― プレスリリースを郵送で送って、反応はありましたか? たまたまですが、新聞の取材を受けました。 新聞ですから、爆発的な反応はなかったのですが、取材されたという事実はあるわけです。とりあえず何かをやれば、誰かが反応してくれるということが分かったことが大きかったですね。もし、そこでスルーされてしまっていたら、所詮小さな店は相手にされないのか…とか、大金を払った有名店だけが取材されるのか…とか思っていたと思います。 今考えると、その時にひとつでも反応があったことは、結果は出なかったけれど、とても大きかったですね。 反応がなかったら、やっても無駄だと思って、またやめてしまっていたかもしれないので、やろうときっかけを与えてくれたのは大きかった。もう少し頑張ってみようという気になりました。 そこで、見本を参考にしたジョイマンさんの笑人塾に入ったんです。
― 笑人塾に入会して、どんな変化がありましたか? ちょうど入会して1年ぐらいの時に、オリンピックがあったんですよ、2010年2月の冬のオリンピックの頃のことです。 その時に参加したジョイマンさんのセミナーで、「青果市場の青果と聖火をひっかけて、そういう丼作ってみたら?」って言われたんです。なるほど、それは面白いと思って、五輪をオニオンリングにしたり、五色のものを入れた丼を考えて、プレスリリースを出してみたんです。 すると、新聞社から取材が殺到したんです。 その影響もあって、次はテレビの取材も少し入りました。オリンピックの期間2週間だけでしたから、売上はそれほどでもなかったですけど、それでも、その時は1日で100食ぐらいは出たと思います。 なにより、知名度は上がったと思いますし、市場の外から人が来たというのは大きかったですね。それまでは市場の中だけでやっていたのが、取材を見て来たという人がどんどん増えてきて。 なにか動けば、結果は出るんだというのが分かってきて、動いたほうがいいという実感がわきました。 ― 少しして、「神奈川庶民食堂」というグルメ雑誌の取材が来ました。 お店の看板メニューを紹介してくださいって言われて、その時ちょうど「ねぎとろ番長」っていうのを、ベイスターズの三浦投手のリーゼントを強引にかけて作ってたんです。ジョイマンさんから、何かにこじつけなさいって教わっていたから、プロ野球の開幕戦にあわせて作ったんですよ。 最初は、他と違うことをするのって勇気がいるというか、なんか変なプライドがあるというか、こんなものを作って、もし売れなかったらどうしようって思ったり、こいつ馬鹿なんじゃないかって思われるんじゃないかと、最初は思っていました。でも、何もやらずにその他大勢になるくらいなら、ダメ元でもやってみようと思って、その取材の時にこの「ねぎとろ番長」を出したんです。 ― 「ねぎとろ番長」は、リーゼントで有名な三浦投手からヒントを得ているんですね。 そうですね。リーゼントの形をイメージして縦に盛りつけた感じで。本当に、こじつけなんですけどね。すでにお分かりだと思いますが、店名の「番長」も、三浦投手からですね。もう、全部あやかっちゃおうと思って(笑) 今考えると、その点でも集客効果の高い名前ですね。
― しかし看板メニューの「ねぎとろ番長」は、あれだけの大盛りです。材料費がかかるんじゃないですか?
味を追求するのも大事ですが、見せ方も大事だと思います。そういう「演出」方法も、ジョイマンさんから教わりました。 すると、ほどなくして、「神奈川庶民食堂」の取材が来ました。2010年3月頃のことです。本が店頭に並んだのが6月頃だったと思います。 その半年後には、地元のテレビ局であるテレビ神奈川や他のローカルテレビがタレントを連れて取材に来てくれるようになりました。同時に、雑誌「横浜ウォーカー」も取材に来てくれました。取材が増えて、一時的には売上が上がるようになりましたが、その影響は時間と共に減っていきます。雑誌が発売されてから半年ぐらい経つと、だんだん売上げは落ちてくるんですよ。 もう、メディアの賞味期限も終わりかな、と思っていた時に、普通のお客さんとして来ていた人が、食べ終わって名刺を出してきたんです。それがフジテレビ系列のニュース番組、スーパーテレビのスタッフだったんです。 ― フジテレビのスタッフが、なぜ名刺を? 「変わったどんぶりの取材先をさがしている」ということでした。 あらかじめ取材の下調べだと言ってしまうと、色をつけてくる店があるので、ダマってましたと。「ぜひ、取材させてください」と言われまして、後日、フジテレビ系列のニュース番組、スーパーテレビで放送されたのです。 ― キー局であるフジテレビで映像が流れたあと、お客さんに変化はありましたか? その時の効果は、半端なかったですね。 いままで、新聞や雑誌に掲載されても、それを見る人は一部の人しか知られないけど、テレビだと関東エリアだけでも何十万人という人が見ますから。規模がちがいます。テレビは動きもありますから、インパクトも大きいのでしょうね。 その週の土曜日はたくさんの人が来て、何をやったか覚えていないぐらい忙しくて。食材はすぐに切れてしまったし、もう売れるものはどんどん出しちゃえって感じで終わりました。 その時は、本当にすごく売上げが飛躍的に伸びました。だから、プレスリリースを続けていて良かったなと思いました。 ― それまでの通常時と比べて、どのぐらい売れたのですか? 売上げがどん底だった当時と比べると、テレビの取材後は売上げで2倍はありました。 それまでは、プレスリリースを配信するなどして、自分からアプローチしていましたけど、テレビに1回出てからは、取材申し込みに対して、取材を受けるという感じになりました。立場が逆転した感じです。いまでは、たまには自分からプレスリリースを出すときもありますが、ほとんどが取材申し込みに対応しているだけですね。
― 2010年以降は、頻繁に取材が来ていたんですか?
フジテレビ系列のニュース番組、スーパーテレビが来て、その後にグルメ雑誌の大人の週末が来ました。あれは、東日本大震災後の3月半ばぐらいに発売されたんですよね。だから、震災で他が売り上げが下がっていたのに、うちは売り上げが下がることもなくやれたのは、運が良かったんですね。マスコミの力は大きいと実感したエピソードですね。 ― 取材はどれぐらい受けているんですか? 新聞や雑誌とか、細かいのも入れると、50ぐらいだと思います。 でも、本当に取材が増えたのは2011年からですね。フジテレビと、雑誌「大人の週末」に出てからは、取材が一気に増えましたね。 ― 飛田さんご自身では、取材が増えた理由をどのように分析されていますか? 最初は、テレビによく出ている店は、すごい有名店か、スポンサー料を払っている店だと思っていて、テレビに出るのは敷居が高くて、自分とはまったく無縁の世界だと思っていました。 でも、自分でも出来るということを知って、それでやってみたら反応があって。新聞の取材が来るのならば、テレビや雑誌も来るだろうと思って、やり続けたことがいちばんだったと思います。よく、「どうしてあんたの店はしょっちゅうテレビの取材が来るの?」って聞かれるので、自分としてはびっくりしています。昔は自分がそう思っていたのに、今は逆の立場になっているので。別にすごい実力があって何かをしたということではなく、ただ、自分がこうゆうものを作ったという熱意を伝えたことが、結果として出たのかなと思います。 ― どうやったらテレビに出られるのかと相談を受けることがあると思いますが、そういう時はどのように伝えているんですか? 実際に取材にきたテレビや新聞社の人の話を聞くと、毎日何百通というプレスリリースが届くといいます。1回で取材されることなんて、宝くじに当たるようなもんですよ。諦めないで2度、3度と続けてやるのが一番だと言いますね。反応がなくても諦めないことです。
― 集客のためにチラシにも取り組んでいるのですね
最初はネットでも頼めることを知らなかったので、街の印刷屋さんに頼んでましたが、いまはネットで頼んでいます。5,000枚の両面印刷が1万円ぐらいでできますから、少しでも反応があればと思ってやり始めました。業者さんに配ってもらっても、5,000枚で5万円ほど。反響があれば、高い金額ではありません。 ― チラシ代に5万円ぐらいかけて、それぐらいの売上げが上がっていますか? 正確な数字は把握していませんが、7〜8万ぐらいはいってると思います。もちろん、経費を全部引けば、トントンか赤字かもしれませんが、それでも認知度アップの効果はあると信じて、続けています。 ― ポスティングですから、地元のお客さんを対象としているのですね そうですね。徒歩圏なら、500mぐらいの範囲です。このあたりは住宅ではありません。会社が多いですから、ランチでも居酒屋でも、リピートしてもらえば、十分に元は取れると考えています。
― 市場のお店時代からジョイマンさんと関係が続いていますが、一時期関係が離れていたと聞きました
直接指導を受けていなくても、結果が出ていることはすべて、ジョイマンさんから教わったことだったんですね。チラシやメニューの出し方も、基本は彼に教わったことをやっていた。時間が経って、振り返ってみれば「やっぱり、ジョイマンは間違ってなかった」と思いました。 そこで、2014年の6月頃でしょうか。久しぶりにジョイマンさんのホームページを見たところ、いまも元気にやっているのを見て、連絡を取ってみました。またお世話になろうと思ってね。 そうして、7月のセミナーに参加。その頃は何をやってもうまくいかない時期だったから、第三者の意見を聞き入れてみたんです。その延長で、その後開催された「利益倍増プログラム」に参加したのです。 ― 久しぶりに連絡を取ったのは、なにかきっかけがあったのですか? いやぁ、うちの嫁さんが、「ジョイマンさんとの関係を戻せ」って言ったんですよ(笑) 距離を置いていた時期でも、いつか必ずまたお世話になる時があるからって。申し込みする時も、売上げがどんどん減っていて、お金が全然なかったんですね。最初の1〜2ヶ月は、売上げから家賃や仕入れ代金も払えないぐらいマイナスで、当然給料もないぐらいだったんです。でも、嫁さんに相談したら「行ったほうがいい」って言ってくれた。 だから、そう言ってくれたからには、必ず結果はださないといけないと思って、また飛び込んでみました。 ― 久しぶりに連絡を取ったのは、なにかきっかけがあったのですか? 「利益倍増プログラム」に参加して、その後、効果はありましたか? 入った時はどん底でしたが、去年と比べると3倍は増えました。年間の平均売上げで比べれば、今年は倍以上に伸びていますね。
― 売上や利益は増えたようですが、仕事に対する気持ちには変化は起こりましたか? 今、暇な時間があれば、チラシを作ったり、POPを作ったりしていますね。その辺りの意識が変わりましたね。 以前は、暇だから仕込みもないし、時間が余っちゃうんですよ。だから、パチンコに行ってました。 最初はパチンコに行ってたんですが、売り上げがないからパチンコに行くお金もなくなってきた。すると、次はゲーセンに行くようになって、ゲーセンにもいくお金がなくなったら、ネットカフェに行ったりして、何もすることがないから、ダラダラするようになりましたね。
― ジョイマンさんから、いろいろ学んでいると思いますが、ジョイマンさんのいいところはどんなところですか?
私が申し込んだ時は、本当に売上げを伸ばさないとやっていけない状態だったので、いろいろ言って指示をだしてくれと言いました。その代わりそれに従ってやってみるからと。「一生懸命やるから、何とかしれくれ」と言うのに対して、真剣にやってくれる。だから、こっちもやろうという気持ちになる。こういう関係は、とてもありがたいですし、これからも大事にしていきたいと思います。 決して、耳障りのいいことばかり言うコンサルタントじゃないですよね、ジョイマンさんは。でも、その答えを導き出すプロセスを指導してくれるのが、ジョイマンさん。信用できる人だと思います。 「そのうち良くなりますよ」って言っても、いつまでも良くならないなら困りますからね。いいことばかり並べて言ってくれるより、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと、どんどんストレートに言ってくれるのは、人によっては嫌だと思うかもしれませんが、自分にはそのぐらいの人が合っていたと思います。 ― 自分からこうしてほしいというのを言ったほうがいいんですね。 そう思いますね。 例えば、今年の暮れまでに売り上げを倍伸ばしたいと言えば、答えを出すためのそれなりの方法を教えてくれると思いますよ。 ただ、それをやるかやらないかは当人次第。 ジョイマンさんが言ったことを「それは出来ない」と言えば、やっぱり結果はゼロなんですよ。やるのは自分で、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと、必ず的確に言ってくれるので、それをやるのは間違いではないと思いますね。
やっぱり、お店の知名度が上がったことですね。 例えば、テレビや雑誌に出たときの記事をチラシに載せるだけでも違いますね。テレビや雑誌の記事を見れば、この店は有名なんだと勝手に思ってくれるので、二次的な効果としても使えます。ブログにも、テレビ取材などで紹介された時の動画を貼っておくだけでも効果はあると思います。 そうすると周りからも「頑張ってるね」って言われるので、そういうのは悪い気はしませんよね。そう言われると、もっと頑張らないといけないと、自分にとっても良い刺激になりますね。
― 周囲からも評価されるようになったんですね。 それは本当に嬉しいですね。 特に、嫁さんの親もテレビで紹介されるのを楽しみにしてくれているから「飛田くん、次はいつ取材があるの?」なんて聞かれる。いい意味でも、プレッシャーになっています。 以前、プレスリリースを出した時も、子どもが友だちに「うちの父ちゃん、朝日新聞に載るんだ」って言ってしまったんですよ。でも、朝日新聞からは取材依頼が来ていなくて・・・。嘘になっちゃうと子どもがいじめられるかもしれないので、その時だけは本当に必死に、朝日新聞にプレスリリースを出しましたよ(笑)。おかげで、朝日新聞から取材が来たので、結果オーライでしたけど(笑)。 当時は確かにいろいろ大変で、正直、取材も面倒くさいと思ったこともありました。テレビに出るのは1〜2分なのに、何時間もかけて収録したり、下手したらオンエアーされないこともあって、もう取材なんかやってられないと思ったこともありました。 でも、今となれば笑い話にもなるし、店の仕事以外の仕事を味わうのも大事だと思いました。デパートでの物産展にも声をかけてもらえて、貴重な経験になったし、雑誌に載るのもいい経験。そういうことが出来たのも、ジョイマンさんのところでいろいろ学んだからだと思います。 ― これだけメディアからの取材が集まっていると、同業者から相談されたりしませんか? はい、よく同業者からも聞かれるんですよ。 プレスリリースは、「記事を書いてFAXで送ればいいんだよ」って教えるんですけど、だいたいの人が「面倒くさい」とか「そんなことしても上手くいかないよ」とか「俺の店はそこまでして売りたくない」とか、やらない人はやらない理由を言うんですね。 そういう人を見ると、もったいないなぁと思いますね。 自分も以前は、面倒くさいなぁと思っていましたけど、一歩踏み出せば、何かしら結果が出る。その結果を修正すればいいだけのこと。何事も無駄なことはないと思うんです。要は気の持ちようですね。
※ 取材日時 2015年10月 ※インタビュアー:石岡幸 |